浦原 | ナノ
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「どーもぉー!」

朝、自室で目を覚ますと、目の前には帽子を目深にかぶった男のドアップがあった。昨日わたしは確かに十二番隊隊舎の自分の部屋で眠りについたはず。目の前の男を押しのけて部屋を確認するが、確かにわたしの部屋だった。

「……なんでここにいるんですか」

「あっれー?リアクションが薄いっスよ?そこはもっとかわいい悲鳴をあげてくれないと!」

「なんでここにいるんですか」

まともに答えてくれないので、もう一度、自然と低くなってしまう声で問いかける。今日は久しぶりに何もない非番だから思う存分惰眠を貪ろうとしていたのだ。いつもなら非番だろうがお構いなしに呼び出してくる涅隊長もここ数日は研究室にこもりきりで出てくる様子はない。副隊長にそれとなく様子を聞いたらあと3日は出てこないとの回答だった。そういう時は絶対に呼び出されることはないし逆に声をかけたりしたら酷い目にあうのは十二番隊全員が理解している。そんなわたしの貴重な休日の始まりがここにいるはずのない人のドアップだなんて。

「なまえサンが非番だとお聞きしまして」

「誰にですか」

「企業秘密に決まってるじゃないスかぁ〜」

この人こんなにイラっとくる人だっただろうか。昔を思い出そうとするが寝起きでうまく頭が働いていない。でも間違いなくこんなじゃなかった。本当に何をしにきたんですか。じと目で尋ねると、ようやく、お誘いに来たんスよ、とわたしが求めている答えが返って来る。

「デートしません?」

しません、と断る前にわたしの箪笥を漁って外出用の小袖をぽいぽい取り出していく浦原隊長を慌てて止めるが、来てくれないなら涅サンにご挨拶するしかないっスねェ。という悪魔の一言により不本意ながら今日のわたしの予定が決まってしまったのだった。ただでさえ今の涅隊長に声をかけちゃいけないのに涅隊長が毛嫌いするこの人が突撃したら、被害を被るのは間違いなくわたしである。浦原隊長が勝手にわたしの箪笥から選んだ小袖を受け取って着替えようとするが、わたしの部屋から出る様子のない浦原隊長と見つめ合う。

「あ、アタシのことはお気になさらず」

「………外に出てください!!」

堂々と着替えを見ていようとしていた変態を引きっぱなしの布団から枕を取って投げつけ、追い出す。その際に枕を持って行かれたのは最大の不覚であるが、騒ぎ立てて他の隊士にあの人が見つかったらさすがに面倒だ。外から聞こえるお洒落してくださいね、という声を無視して急いで小袖に着替えて軽く髪を梳き、顔を洗って部屋を出る。案の定わたしの枕を悪用していた浦原隊長から枕を取り戻して部屋に放り込むと、行きますか、と浦原隊長が動いた瞬間、景色が変わり、気づけば瀞霊廷のはずれに立っていた。今のは、ワープだろうか。また涅隊長の癇に障りそうなことを。穿界門を開けた浦原隊長の後に続くが、わたしは現世に連れて行かれるらしいことをそこで初めて知った。カコカコと下駄の音が響く中、浦原隊長を見ても楽しそうに笑い返してくるだけだ。

「浦原隊長、あの」

「まァーた隊長って呼ぶ!アタシはもう隊長じゃないんで、喜助さんってかわいく呼んでくれないとダメですよ」

「どこに向かってるんですか浦原さん」

冷たいなァ、と苦笑した浦原隊長は、行けばわかるとだけ言って進んでいく。こんなにホイホイ現世と行き来してしまっていいのだろか。非番とはいえ、涅隊長にバレたら怒られそうだ。いや、もうすでにバレている気がする。穿界門を出ると、目の前には浦原商店と書かれた寂れた様子の駄菓子屋。浦原、と書かれているし、朽木ルキアさんや破面の現世襲撃時の先遣隊の報告書から、これが浦原隊長の拠点であることは想像がついた。機嫌よさげにわたしの手を取って店に入ろうとする浦原隊長について中に入ると、エプロンをつけた巨体に勢いよくお出迎えされる。

「おひさしぶりですみょうじ殿!」

「ひゃ!つ、握菱大鬼道長……!?」

「テッサイとお呼びください」

勢いに押されてつい浦原隊長の後ろに隠れておそるおそる顔を覗かせた。巨体とエプロンに目をやっていた為に気づくのが遅れたが、彼は100年前、浦原隊長とともに罪に問われ姿を消した握菱大鬼道長だった。昔、浦原隊長とお付き合いしていた時代に、ともに四楓院隊長にお世話になっていたと紹介されたことがある。元大鬼道長が、エプロン…。くらり、と少しめまいがする。その圧力を感じる出で立ちでテッサイとお呼びください、と至近距離で迫られてしまえば、小さい声でテッサイさん、と呼ぶしかなかった。わたしの前で壁になっている浦原隊長が不満そうに声を上げているが、根源的な恐怖というものにはあらがえないものである。

「て、店長、お客さん?」

入口で騒ぐわたし達に、店の中からかわいらしいツインテールの女の子顔を出した。

「そっスよ〜。雨、ジン太くんも呼んできてもらえます?」

はい、と返事をした彼女は、とてとてと店の奥に消えていく。その後ろ姿を見送って、少し迷ってから口を開く。

「……お子さんがいらっしゃるんですね」

「え!?そうなります!?」

「つかび…テッサイさんのお子さんではさすがにないかな、と」

100年以上も現世にいたのだ。子供のひとりやふたりいてもおかしくない。今は怪しい身なりをしているからどうかはわからないけれど、もともと女性にモテる顔立ちをしている人なのだ。その気になればいくらでも女性を引っかけられるだろう。現世で出会った女性なのか、四楓院隊長なのかはわからないけれど。いや四楓院隊長はないと思うけれど、ふたりがお互いを特別に思って誰よりわかり合っていることは昔から身に染みて感じてきたのだ。万にひとつという可能性も否めない。

「これから野球しに行く予定だったんだぞ!」

「え、でもジン太くん、これからお店の前のお掃除…いたいいたい髪の毛引っ張らないで…」

先程の女の子が赤い髪の男の子を連れて戻って来た。随分とやんちゃそうな子だ。髪の毛を引っ張られた女の子が涙目で、見かねたテッサイさんが男の子を止めている。なるほど。子供がふたり。朝いきなりひとの部屋に侵入したかと思ったらデートだなんだと言ってたくせに。じとー、と浦原隊長を見つめると、違いますって、と苦笑して頭を撫でられる。

「この子達はいろいろあってアタシが面倒みてる子たちっス。こっちが雨、そんでこの元気な男の子がジン太くん」

「誰だよこいつ」

「ジン太くん…初めて会う人にそんな言い方しちゃだめ…だよ」

いろいろあって、という部分に含みを感じたが、とりあえず浦原隊長の子供ではないらしい。みょうじなまえです、と自己紹介するも、それ以外なんと言ったらいいのかわからない。浦原隊長の元部下?元恋人?それは今の関係ではない。あの時、確かにわたしはこの人とお別れしたのだ。それなのになんでこんなところに連れてこられているのだろうか。

「なまえサンはボクの大切な人っスよ」

言葉に詰まるわたしの上から、声が降ってくる。ばっ、と浦原隊長を窺い見るも、目元を垂らした笑顔が帰ってくるだけだった。ぶわ、と顔が一気に熱くなっていく。なんだよ店長の女かよ。こんな小さい子供から出るにはマセた台詞。一体どういう教育をしているのか。雨ちゃんとジン太くんに掃除をしておいで、と送りだした浦原隊長とふたりを見張るのか、ついていくテッサイさん。居間に通されて、浦原隊長がお茶を淹れてくれる。昔の習慣から、わたしがやります、と立ちあがったがお客さんだから、と再び座らされてしまう。今、この家では浦原隊長とテッサイさん、雨ちゃんとジン太くん、時々四楓院隊長が生活しているらしい。時々ってなんだろうか。家事全般はいつもテッサイさんがこなしているらしい。お茶も、本当はテッサイさんが淹れた方が美味しいんだと笑った浦原隊長は、室内だというのに帽子を外す様子はない。表情がよく見えなくなってしまうその帽子が、わたしはあまり好きではない。

「……帽子、外さないですか」

「気に入ってるんスよね」

「室内で帽子被ってるとハゲますよ」

「すーぐハゲって言うのはひよ里サンの受け売りですか?」

「またそうやって話題を逸らす」

浦原隊長が淹れてくれたお茶に口をつける。普通においしい。顔がちゃんと見たいなんて、少なくとも今のわたしには言えない。何を考えているかわからない人だからこそ、顔を見て安心したいのに。布団の中ならとりますよ、帽子。わたしを試すように目を細めた浦原隊長に、このまま帰ってやろうと立ちあがりかけた瞬間、わたしの対面に座っていた浦原隊長が吹っ飛んだ。痛い!と悲鳴を上げる浦原隊長が座っていた場所には、濃紫の髪をたなびかせた四楓院隊長が立っている。突然現れて浦原隊長に蹴りを入れたらしい。

「いきなり何するんスか夜一サン!」

「やかましい!黙って聞いておれば付き合うてもない女子にセクハラか!見ろ、なまえが固まっているじゃろうが!!」

固まっている理由は浦原隊長の発言だけではないのだけど。いきなり目の前の人が蹴り飛ばされるという環境にいたのはもう100年以上も前だから耐性が落ちている。ひよ里と一緒だった頃は日常茶飯事だったというのに。四楓院隊長は、この変態に触られてはおらんか、とわたしの隣に座って心配してくれる。以前、わたしはあんなに失礼な態度をとったというのに。四楓院隊長から少し距離をとって頭を深々と下げる。申し訳ありませんでした、四楓院隊長。わたしも蹴られるかもしれない。覚悟をして四楓院隊長の反応を待っていると、小さなため息の後、頭を上げろ、と声が降ってくる。

「あの時言うたじゃろう、名前で呼べと。それで許してやる」

ぴん、とおでこを軽くはじかれて、四楓院隊長を見つめる。相変わらず、優しくて気高い人だ。

「……はい、夜一さん」

「ボクのことも喜助さんって呼びません?」

「間に合ってます浦原さん」

それは残念、と全く残念そうじゃない浦原隊長が笑う。その後も夜一さんと掃除から戻って来た雨ちゃん、ジン太くん、テッサイさんと話していたら時間はどんどんと過ぎていった。時間を見て、そろそろお暇しようという頃には、100年のわだかまりが大分影を潜めていた。送ってくれると言う浦原隊長のお言葉に甘えてふたりで店をでた。

「……今日、どうしてここに連れてきてくれたんですか」

わたしが他の人と話している間も、浦原隊長は基本的には嬉しそうに眺めているだけだった。デート、と言っていたのに実際はただ、わたしが浦原隊長の周りの人と交流を深めるだけとなっていた。浦原隊長が何を考えているのか分からなくて、直球で問いかけると、穿界門を開こうとしていた浦原隊長の動きが止まってわたしの頬に大きな手を添えた。

「100年以上も離れてたんです。これからにどうするにしても、まずはお互いのことをもう一度よく知らないと」

この人は。また、わたしと新しい関係を築いていこうというのか。もう生きる世界も、大切にしている場所も、人も、すべて違うと言うのに。一緒に生きていくことなんて、もうできないはずなのに。言いたいことはたくさんある。でも、帽子のせいで見えにくいその優しさに溢れた瞳に、否定することなんて言えなくなってしまった。

「今度はボクが十二番隊に遊びに行きますね」

「それはやめてください」

一緒に生きていくことなんてできない。そのはずだ。でも、きっとこの人なら、それでも一緒にいられる方法を見つけてしまうんだろう。そんなことを考えてしまう自分に、少し笑ってしまった。



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